2023.11.28
生活者研究
未来予測
未来の生活者の就業観と雇用の流動性への向き合い方 ~2030年の暮らしを捉えるVol.3~
これからの未来は、人口減少や少子高齢化による社会構造の変化、デジタル技術の加速度的進展、環境問題などの影響から、これまでの歩みの延長線上にはない新たなフェーズとなることが予測されます。そして企業は、そのような変化に柔軟に対応することが求められます。未来の変化への対応には、過去から現在までの事象を踏まえた傾向予測だけでなく、未来に起こりうる与件から逆算した発想も重要です。
そこでクレオでは“2030年の与件”を読み解き、「生活者の暮らしがどのように変わり、そして何が求められるようになるのか」を複数回に分けて考察していきます。第三弾は「未来の生活者の就業観と雇用の流動性への向き合い方」についてです。
【1】労働力不足が深刻化「2030年問題」
超高齢化社会が進行し、いわゆる団塊の世代の全員が75歳以上つまり後期高齢者となる「2025年問題」が目前に迫る中、その5年後にあたる「2030年問題」に注目が集まっています。「2030年問題」とは、少子高齢化のさらなる進展によって2030年に国内人口のおよそ3人に1人が65歳以上となり、15歳から64歳の生産年齢人口が大きく減少することから表層化する諸問題のことです(図1)。
社会保障費や医療費、介護費の負担増などが問題として挙がっていますが、最も深刻なのは労働力不足です。多くの業界で深刻な人材不足に陥り労働生産性が低下。国内市場は縮小し日本の経済成長力は鈍化。最終的にはGDPの更なる下落による、日本の国際社会における影響力の減衰が危惧されます。そして、この労働力不足が企業に及ぼす最大の懸念は「人材獲得競争の激化」です。
上記は有効求人数と有効求職者数の推移を表したものです(図2)。リーマンショックの影響による景気後退期を乗り越えてからは有効求人数が常に有効求職者数を上回っており、それはコロナ禍においても同様です。なお推計によると、2030年には7073万人の労働需要に対し6429万人の労働供給しか見込めず「644万人の人手不足」となると言われています(図3)。
産業別に内訳を見てみますと、サービス業や医療・福祉業をはじめとする多くの業種で深刻な人手不足が起こることが予測されています。当然ながら、企業は限られた労働力を奪い合うことになります。つまり「人材獲得競争」が激化するため、雇用におけるコストが上昇し、企業の人件費は増えます。そして競争力の弱い企業はますます人手不足に陥り、企業成長が鈍化し、更なる人手不足を招くという負のスパイラルに陥るおそれがあります。経営効率を向上させるためにも、企業はより有効な採用戦略を模索する必要があるのです。
【2】未来の生活者の就業観
「2030年問題」において労働力不足による「人材獲得競争の激化」が懸案として立ちはだかる中、当該者である生活者個々人の就業観は未来に向かってどのように変わりつつあるのでしょうか。
➀生活における“就労”の比重
未来への変化1点目は「生活における“就労”の比重」です。下記は就労者に向けた働くことに関する価値観を調査したものですが、「会社や仕事のことより自分や家族のことを優先したい」「たとえ収入が少なくなっても勤務時間が短い方がよい」がこの20年で上昇しています。また「本業以外の仕事も持ちたい」という副業希望者もこの10年で増えています(図4)。
実際に副業をしている人に向けた下記調査では、その理由として「収入補填」が筆頭に来るものの「自分が活躍できる場を広げたい」「本業では得ることが出来ない新しい知見やスキル、経験を得たい」「会社以外の場所でやりがいを見つけたい」といったポジティブな動機も多いことが分かります(図5)。
これらの結果からも、未来の生活者の人生における「就労」の比重は今後さらに低下し、プライベートの充実や副業による自己実現をはかる動きがより高まってくることが予想されます。
➁雇用形態の多様化
未来への変化2点目は「雇用形態の多様化」です。
上記は正規雇用と非正規雇用の労働者の推移を表したものですが、2022年の雇用者のうちの約37%にあたる非正規雇用者の内訳を見ますと、契約、嘱託、パート、アルバイト、派遣、フリーランス等さまざまです(図6)。また下記は非正規雇用で働く人のうち、正社員として働く機会がなく非正規で働いている人の割合を示したものですが、この10年で19.2%から10.3%とほぼ半減しており、自分らしい働き方として敢えて非正規等を選択する生活者は少なくないことが推測できます(図7)。
➂ジョブ型雇用への移行
未来への変化3点目は「ジョブ型雇用への移行」です。企業においては、技術刷新における専門職の人材不足が大きな課題になっています。例えば、デジタル技術を導入した業務の効率化やDX化、またはR&Dにおいては専門技術を理解している人材の確保が不可欠です。しかし、専門性の高い人材を育成するには手間もコストもかかります。そのため、即戦力を雇う「ジョブ型雇用」の需要が高まっています。ジョブ型雇用のメリットは、求職者が自分の得意分野で能力を発揮できることから専門性やスキルがさらに高まり、仕事の効率や生産性向上に寄与しやすいところです。またジョブ型雇用は、成果が評価に直結するため給与も上がりやすい傾向にあり、モチベーション向上にもつながります。
上記は雇用者視点による調査ですが、直近の2023年7月の結果では、メンバーシップ雇用希望者は調査開始時(2021年4月)より8.7ポイント減少。その分ジョブ型雇用希望者が増加し、3人に2人はジョブ型を望んでいることが分かりました(図8)。働く生活者の会社への帰属意識は低下する一方、技能やプロジェクトへのコミット意識は上昇しており、この流れは今後さらに加速しそうです。
政府は2023年の「骨太の方針」に「退職所得課税制度の見直し」を明記しています(※23年11月に「25年以降に見直し」と発表)。同じ会社に長年勤めるほど優遇される退職金への課税制度を改めることで、雇用の流動性を高めようという狙いです。これにより転職による不利益が解消され、一つの企業に長く居続ける理由がなくなるため、ジョブ型雇用の加速とともに人材の流動性はより活況になると思われます。それは裏を返せば、良い人材ほど退職されやすくなり、企業は人材流出防止・人材確保が困難になっていくということです。
【3】未来の就労者に向けての人材流出防止策
このように、未来の生活者の就業観を見てみますと、「生活における“就労”の比重」が低下していく中、「雇用形態が多様化」し、「ジョブ型雇用」への移行とともに雇用の流動性が高まっていくであろうことが予測されます。では、未来の働く生活者に向けて、企業はどのように対策をしていけば良いのでしょうか。未来事象も踏まえて考えてみました。
①予兆をいち早く検知
社員は突如退職を決める訳ではありません。退職を検討している社員には、業務への不満や社内のコミュニケーション不全といった離職への予兆が見られます。そのため企業側は、日々の業務状況から異変をいち早く察知し、社員の退職意思が固まる前に原因を取り除くべく対策を講じる必要があります。そしてその方法として、AIを活用したテキスト認識、音声認識、表情認識といった「感情認識AI」に注目が集まっています(図9)。
例えばテキスト認識AIは、社員の日報や面談記録、人事評価コメント、社内アンケートといった“テキスト”をAI解析することで、人間の感覚では捉えにくい傾向やパターンを算出。人事担当個々人の経験則による手法よりも高い精度でテキストから予兆を発見することができます。
音声認識AIは、声の抑揚や大きさといった物理的な特徴量から喜怒哀楽や気分の浮き沈みを解析し数値化。分析において、日本語や英語といった言語の特性に左右されません。オペレーターや営業といった顧客との対話の機会が多い業種においてはコミュニケーションにおける精神的負荷がかかりやすいため、声色から精神状態を判定できる音声認識AIは、顧客の心理状況分析だけではなく社員のメンタル状況把握においても期待されています。
表情認識AIは、人と人とがコミュニケーションを取るかのように、AIが表情から相手の感情を読み取ります。カメラを用いて視線や瞳孔の大きさなどから人間の感情を推測するという、いわば顔認証技術の応用版です。この表情認識AIは既に教育分野で実用化に向けた動きが見られます。例えば、子供にとって学習内容が難しい、もしくは簡単すぎるといった感情を表情から読み取り、AIが難易度を調節します。さらに、学習内容で躓いているポイントや集中力が切れるタイミングを認識し、学習を支援するというものです。
この技術を教育の現場だけではなく企業でも活用することで、例えば社内研修やセミナー、社内会議等で日常的に社員のモチベーションの波を把握することが容易になり、きめ細かなケアが出来るようになることが期待されています。
②ワーク・エンゲイジメントを高める
離職の兆しを見つけケアをしていくことは大切ですが、その前に企業がなすべき対策として、「ワーク・エンゲイジメント」を高めることが有効であると言われています。ワーク・エンゲイジメントとは、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態のことです。そしてワーク・エンゲイジメントは、社員の定着率や離職率、労働生産性と相関します。
上記は「働きがい(ワーク・エンゲイジメント・スコア)」と新入社員の定着率、従業員の離職率、個人および企業の労働生産性について調査したものですが、ワーク・エンゲイジメント・スコアが高い企業ほど、社員定着率や労働生産性は高く、離職率は低くなっています(図10)。
また下記の調査結果を見ますと、従業員の「働きがい」が高い企業の取り組みとして、「雇用管理」においては「職場の人間関係やコミュニケーションの円滑化」「業務遂行に伴う裁量権の拡大」などが上位にあり、「人材育成」においては「指導役や教育係の配置」「キャリアコンサルティング等による将来展望の明確化」などが上位にあります(図11)。
下記の在職者に向けたアンケート「働くうえで重視しているポイント」を見てみますと、「ワークライフバランス」や「人間関係」「職務内容」などが上位に来ていることからも「働きがい」の高い企業の取り組みと比例しています(図12)。
これらのデータからも、社員のワーク・エンゲイジメントを高めるためには外的・内的双方から企業環境を整えていくことが望ましいということが言えそうです。
③組織文化の強化
社員の不満要因を取り除くべく改善策を講じるのは非常に大切ですが、何よりも力を入れるべきは、働く側にとって「貢献する理由」を見出せる企業にしていくことです。つまり組織文化を強化していくことが肝心です。
アメリカの臨床心理学者であるフレデリック・ハーズバーグがモチベーションの研究を行う中で導き出した「二要因理論」によると、人の仕事に対する欲求には、給与や福利厚生といった「衛生要因」と達成や承認といった「動機付け要因」があり、そして一方だけを満たせば良い訳ではなく、「衛生要因」における問題を解決した上で「動機付け要因」を満たす必要があると論じています。この「動機付け要因」を満たすために必要なことが、企業への貢献理由の創造つまり「組織文化の強化」です(図13)。
組織文化とは、組織のメンバー間で共有される行動原理や思考様式のことです。組織文化は提供サービスや顧客対応など組織のすべての行動に通じており、さらに組織内だけでなく外部からの企業イメージにも直結するため、組織を形づくる上で非常に重要な要素です。
組織文化は企業の行動指針であり、従業員はそれをもとに業務に励み、顧客対応やサービスの提供を行っています。今日の日本社会において、変化の激しい時代を生き抜くうえでも組織文化の強化は益々重要性を高めています。
そして、優秀な人材に長く活躍してもらううえでも組織文化は大きな役割を果たします。採用活動において、組織文化を魅力的なスローガンとして発信していくことができれば、同じ志のもとに良い人材を集めやすくなるでしょう。共感・共鳴を呼ぶ組織文化があることは、企業としての価値を高め、人材確保および人材流出防止につなげられるのです。
【4】終わりに
「未来の暮らしを捉える」シリーズ 第三弾の本レポートでは、「2030年問題」によって生じる「人材流出」危機に対し、未来の生活者の目線に立った課題解決策を考えてみました。2030年には「Z世代」が30代に突入しています。未来の生活者の就労観は、これまでの世代のそれとは大きく異なっており、安定や出世を打ち出した手法だけでは人材確保が難しいことが予測されます。彼らの「やりがい」や「モチベーション」「自分らしさ」といった就労観に寄り添った対策を考えていくことが肝要であると思われます。
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